時のかけら~統制陶器~

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タグ:参考品(文具類) ( 14 ) タグの人気記事

文鎮・その4 軍旗祭

 今日のものは大須観音骨董市で購入したもの。これもいろいろなものが入れられた箱の中から見つけました。ソフビ人形やこけしなどと一緒に入っていたような記憶がある。

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 箱に入った状態。紙箱の蓋はもともと失われていました。そこはちょっと残念ですが、考えようによっては蓋があって中身がわかっていたらすぐに別人の手に渡っていたかもしれませんね。
 箱のクッション材は木を薄く削ったものです。

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 鏡を写した形状に龍をあしらうデザインは比較的見かけるデザインかと思います。ぼんやりしているのは撮影がうまくいかなかったのともともとの釉調の両方に起因しています。

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 横から見ると今までのものと比べるとちょっと薄めです。

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 裏面には『紀元二千六百一年 軍旗祭 中部第三十七部隊』の刻印がついています。

 『紀元二千六百一年』が昭和16年であることはすでにご存じの方も多いでしょう。でも、不思議に思ったのです。『紀元・・・』とある場合と『皇紀・・・』とある場合が存在する。この場合はこちら、これはこちらと使い方に一定の基準があったのだろうか?ご教授いただきたいところです。

 『軍旗祭』は地域住人との交流ができる文化祭のようなものであったようです。この行事の名前にもある軍旗は各国に今でも存在するものでこの時代においては陸軍の象徴として知られていた。軍旗は天皇陛下から部隊に直接親授されるものでとても神聖なものとして戦場においても命懸けで守った歴史がある。

 『中部第三十七部隊』については当初、中部とあるので中部地方のことかと思ったのですが(ここが素人)京都伏見区に拠点を持った部隊だったのですね。ネット上では詳しい情報が無かったのでなんとも記述のしようがありません(軍の編成や呼び名などの知識が無いだけです)。


 この文鎮はこのような背景から京焼ではないかと考えますが作者名などありませんので不明です。

 

 
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by richouken04 | 2014-06-22 11:47 | 戦中期参考品 | Comments(2)
 これはかなり前ですが京都のガラクタ市で見つけたものです。雑多に詰められた箱をごそごそと見ていたところにありました。こういうところが骨董市に魅力でもありますね。

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 前回の『第二回体育大会記念』と似ているギリシャ系の男性裸体像がデザインされています。そして『京二商 三十周年記念』と文字が付けられています。

 『京二商』は京都市立第二商業学校のことらしい。明治43(1912)年に創立されたとのことで三十年記念ということは昭和17(1942)年とわかる。人物像の下に『2600』らしい数字と『om』のイニシャルが見える。昭和15年にデザインされ、昭和17年に合わせ製造されたものだろう。

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 厚さはこんな具合。ずっしり来ます。

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 裏は前回同様、統制番号はありません。ですが、製造元とみられる『正文』銘の凹印が付けられています。
この銘からすると京焼の作家、藤平正文氏の窯で生産されたのではないかと思いますがはっきりとしたことをお尋ねしたこともありませんのでわかりません。

 あ、そこまで調べないのが私なんです。

 蒐集が仕事です。
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by richouken04 | 2014-06-15 20:56 | 戦中期参考品 | Comments(0)
 時間があるときじゃないと更新できないので。その2です。

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 写真自体がピンボケのように見えますが、そうでもありません。もともとこんな感じです。青銅で造られるところを青銅風に作り上げているのです。

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 拡大したところ。ピンボケではないことがわかるでしょうかね?文字はぼんやりしていますがなんとか読むことができます。そして年号らしき数字も見えます。

 『2601』の数字は年号であれば昭和16年ということになります。

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 下半分のところ。文字は『島津製作所』と読めそうですがどうでしょうか。一定規模の会社だからこそこのようなものが作れたでしょうし、『体育大会』も開催できたことでしょう。

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 裏側には統制番号も銘もありません。つくりからして瀬戸で造られたものではないかと考えます。

 昭和16年ならばついていなければいかんではないかとも言われるかもしれませんが、これはごく一部の方々、関係者のみに配布されたであろうというものですのでついていなくても大丈夫なんです。

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 先日の文鎮との比較。

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 厚さの比較。
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by richouken04 | 2014-06-13 13:31 | 戦中期参考品 | Comments(0)
 6月は骨董市に行くことができません・・・トホホ。企画も一新して酒器はまた次回。

 ちょっとどころではない?マイナーな『文鎮』を取り上げてみます。

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 壷型をした文鎮です。織部釉薬が掛けられ藤の花が描かれます。これは文様として何かの意味があったのか、どうもはっきりしません。季節が合わないんですよね・・・

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 裏面には『御大典記念 瀬戸』の刻印があります。昭和天皇の御大典、即位礼と大嘗祭の行事を記念して製造したものと思われます。2つの行事は昭和3(1928)年11月に挙行されました。

 で、表の文様をみるのですが秋には藤は咲きませんよね、4月から5月の間の花ですね。

 製造時期がその頃だったのでしょうか。

 
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by richouken04 | 2014-06-08 00:32 | 戦前参考品 | Comments(4)

誠意制作中

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 東濃地域と瀬戸(後半)と万古はまだですが少しづつ収蔵品を更新しています。

 最近の収蔵品も撮影しましたので近日公開ですね。


 慣れぬ撮影で腰が痛い…。
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by richouken04 | 2011-07-02 23:29 | 戦前参考品 | Comments(1)
 陶器のペンについて、戦時代用品の権威でもある友人からメールが来ました。

 どうやらこれはペン先にインクをつけるのではなく、カーボン紙を使用して紙を何枚もコピーする際に紙の上から書く時に使用するものではないかということです。本来はガラスのペンを使用するところを陶器で造ったということのようです。

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 なるほど、それならば先端部に釉薬がかけられていることも納得です。

 Hさん、ありがとうございました。

 これからもよろしくお願いしますね。
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by richouken04 | 2010-10-18 22:48 | 戦前参考品 | Comments(4)

インク壺

 陶器のペンの紹介のついでに陶器のインク壺も紹介しましょう。陶器壺といってもインクを入れる容器というよりは文房具、インテリアといった感じです。

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 中国の城郭の門を写したと思われるもので、昭和初期頃の制作と思われます。この頃は中国陶磁器へのあこがれや陶磁器の観賞・収集が日本でも広がってゆきます。
 そして反面、中国大陸への軍事的影響も進む時期です。いわゆる戦争への足音が進む時期ですね。

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 屋根(蓋)をとると2つのインク入れがあり、ここにペンの先端をつけて書いてゆきます。こういったものはガラスの製品はよく見ますが陶器のものはなかなか見ることがありません。

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 底部には『泰山』の凹印があります。共箱があり、『平安 泰山』とあることから京都で活躍した陶工の作です。
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by richouken04 | 2010-10-12 11:41 | 戦中期参考品 | Comments(0)

陶器のペン

先日、陶器のインク瓶を紹介しましたが尚さんの『hiroimono』で同じと思われるものが出ていました。そのコメントの中で陶器のペンについて出ていました。
 代用品が作られ始めたころのものかどうかはわかりませんが陶器のペンがありますので紹介します。

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持ち手からペン先まですべて焼き物でできています。それぞれに色土を使用してカラフルです。その点で代用品の時代と一概に言えないところもありますが・・・これがその始まりと考えることはできるでしょう。
 ペンの先端だけに釉薬がかけられており、滑らかに書けるように工夫されたのでしょう。しかし、実際に使用したことが無いのでよくわかりません。

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 それぞれのペンには『陶磁器卸 ヤマ初 山初商店』と『岐阜縣多治見電七〇二番』とあります。販促用に各地へ配るよう手配したものでしょう。

 陶製代用品という点ではちょっと?なところもありますが、この後時代が進むとペン先のみが陶器というものも開発されますし、陶器のレコード針なども造られてゆきます。
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by richouken04 | 2010-10-06 22:51 | 戦中期参考品 | Comments(4)

文鎮(昭和19年墨書)

 明日は63年目の終戦記念日。もう何も申しますまい。

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 これは表側は特に何の変哲も無い・・・と言っては製造者に悪いけれど、時間さえかければ特に珍しいものでもなさそうに思います。型造りの八稜鏡(三種の神器の鏡と同じ)に龍文様の文鎮。紐通しの穴に紐をつけるのが正式なスタイルです。

 注目すべきは裏側なんです。

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 『皇紀二千六百一年 京都水上競技選手権大会 主催 京都水上競技連盟』のスタンプによる文字。皇紀2601年は昭和16年、水上競技ですのでおそらく夏ごろの開催でしょう。入選してこれをいただいたのでしょう。
 作者の銘であろう『正文』という凹印があります。京都の窯元の作と見て間違いないと思いますがありますがよくわかりません。直径10.5センチ。

 さらにその下には墨書で

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 『昭和拾九年五月二十一日 斉藤三郎君ヨリ入隊記念トシテ譲ラル』と墨書にて書かれています。友情の証として、あるいは恩師に、あるいは後輩に、これが贈られたのでしょうか。


 昭和19年7月にはサイパン島が陥落。日本の敗北が濃厚になってゆきます。
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by richouken04 | 2008-08-14 22:55 | 戦中期参考品 | Comments(3)

マル公の三人官女

 今の季節は『ひな祭り』に関連した展示や催しが各地で行われています。ここでもちょっと便乗を。

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 三人官女です。きらびやかな衣装は今も昔も変わりません。左右の官女は自立しないので中央の官女に寄りかからせています。
 人形のお顔は時代により少しづつ変化します。三人官女という性格上の制約もあるかと思いますがやさしい顔つきです。

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 昭和戦前と思われる製造で木箱にはマル公のラベルが付けられています。木箱には『三五 四級 官女』とあり、ラベルにも『三五官女(ほぼ消えかかっている)●本玩具人形類統制協会 規定100% ●録番号 (何か印があるが読めず)』とある。

 『日本玩具人形類統制協会』は昭和15年に設立されている。おりしも紀元2600年という節目の年、日本中が盛り上がっていたということからまだ許される範囲だったもだろう。
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by richouken04 | 2008-02-27 17:11 | 戦中期参考品 | Comments(9)

戦時下(S15~S21)に焼かれたやきものを中心として


by richouken04