時のかけら~統制陶器~

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 この絵葉書集には『陶器人形』のほかに2枚の絵葉書が付属します。

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 せともの町問屋街付近(いまもあるのだろうか?)にある『陶器神社社殿』『陶器神社全景』です。ネットの地図で確認したところ『火防陶器神社』という神社がありますので、これが絵葉書の神社と思われます。

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 絵葉書を発行した『今井陶器店』。この住所からは今はもう存在しないのでしょうか?この時代の、いや今でも古い商店街などではこのような店頭が見られるかな。陶器店の店頭の様子がわかって面白いです。

 たぶん、まだこの頃は統制陶器(番号付き)が店の奥、ないしは倉庫にしまわれているかもしれませんえ~

 しかし、火鉢の数が尋常じゃないですね~崩れそう…。

 ・・・・・

 週末は関西旅行。京都から丹波を回ります。

 来週はその記事かな、と思います。
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by richouken04 | 2012-10-05 10:25 | 戦後参考品
 昭和30年にもなると生活もかなり安定してくるようで、戦前に行われていた行事なども再開されたりしているようだ。

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 せともの祭りと言えば窯業地で開催されるものが有名だがこれはせともの問屋街で行われたものです。

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 八重垣姫

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 平の将

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 養老の滝

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 暫


 『昭和30年度 陶器人形』とある。最近はこのようなものは菊人形では見るが陶器人形は作られているのだろうか?
 もう少し鮮明でカラーであれば当時生産されていた陶磁器類がどのようなものかよくわかるのだろうが…。




 
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by richouken04 | 2012-10-03 20:35 | 戦後参考品
 紙ものが溜まってきたのでこちらを先に…

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 『美濃陶祖碑』の絵葉書です。発行年記が無いため年代がわかりませんでしたが、美濃陶祖碑の建造時期がはっきりしたことで発行が昭和20年代から昭和30年代と確定できました。
 建造時はまだ周囲の開発が何もなかったことがわかります。現在とはかなり違っていました。

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 現在の『美濃陶祖碑』です。背後に大きな建物が造られ、周囲も住宅街になっていました。この石碑のある場所も公園になっています。美濃陶祖碑は昭和26年に建立されたものです。

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 この碑の隣に小さな石碑がありました。『美濃陶祖碑建説記』とあり、昭和18年に美濃陶祖碑を建設しようと着手したものの時局熾烈により一時中断したと記されていました。

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 シンプルな、何の面白味もない宛名面です。『郵便はがき』が左書きになっているところが戦後ですね。


 眠くなってきた…
  
 また明日。
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by richouken04 | 2012-09-15 22:27 | 戦後参考品
 その2です。

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 『国産振興四日市大博覧会 愛知名古屋館』です。外景は名古屋市市庁舎の塔上の部分を類似させている。市庁舎の屋根部分は帝冠様式と呼ばれるデザインですがこちらは名古屋城の屋根そのままのせられています。やはり名古屋は城でもつなのでしょう。

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 『国産振興四日市大博覧会 万古陶滋館』です。タイトルの『滋』は『磁』の誤植ですね。読み方がかなり違ってきますが…。こちらの外観は窯をイメージしています。なかなか面白い形です。
 左端下には『森永キヤラメル』のベンチが、こういうちょっとしたところがうれしかったりします。

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 宛名面はシンプルながら販売元ないし製造元と思われるマークが付けられています。
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by richouken04 | 2012-04-13 20:45 | 戦前参考品
 昭和初めになると第一次世界大戦の終結とともに欧米の思想が入り込み、『モボ・モガ』の時代が始まる。大都市ではそれまでの考え方とは全く違ったデザインが流行した。その流れは陶磁器にも当然取り入れられるのだが、戦争によって途絶してしまう。

 そんな少しだけの平穏な時代に博覧会の名を冠したイベントが各地で開催された。これは三重県四日市市で開催された『国産振興四日市大博覧会』の絵葉書です。5枚一組だったのかもしれませんが、4枚だけです。それでも当時の状況が見て取れて面白いです。

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 『国産振興四日市大博覧会 正門』です。かなり奇抜なデザインが目を引きます。手前の橋と比べるとその奇抜さが特段に目立ちますね。右手には会場の建物も見られます。


 三重県県史編さんグループによる『歴史の情報蔵』ホームページにはこの博覧会の詳細が公開されています。→歴史の情報蔵HP

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 『国産振興四日市大博覧会 四日市館 館内の陳列』はシンプルな建物の作りですね。それでも昭和初期といった感じのデザインが何ともいい感じです。陳列が古き良き日本の風景になっているのは『国産振興』を目的にしているからなのでしょう。



 ・・・つづく


            
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by richouken04 | 2012-04-12 19:23 | 戦前参考品
 軍隊のことはよくわかりません。おそらく当時の人々も同じなのでしょうかね。このような絵葉書もいろいろな種類のものが存在しているようです。

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 (軍隊生活) 食事 の絵葉書です。昭和初期のこととあってこのような風景を絵葉書にすることも可能だったのでしょう。結構たっぷりとした食事が提供されています。撮影向けでしょうか?よくわかりませんが…。
 食器は金属製でしょうね。3種類の器で一人前のようです。

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 宛名面は擦れていますがもともと廉価に作られているためなのか、不景気な時代で仕方なくこのような紙質になったのか。『CA TE POSTALE』はどうやら『CARTE POSTALE』のようで、『R』が消えたか印刷ミスしたようです。

 しかし、なんで葉書の表示はフランス語なんでしょうね、不思議。
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by richouken04 | 2012-04-10 19:28 | 戦前参考品
 絵葉書が続きますがご容赦を…

 ・・・・・・

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 『窯業試験場耐火煉瓦マグネサイト工場 The Magnesite-Brick Works,S.M.R.Dairen.』の絵葉書です。Dairen(現在は英語表示名:Dalian)とありますので大連のことでしょう。日露戦争以後、この地に影響力を得て日本は大陸への足掛かりを得てゆくのですが…そんな歴史の一ページですね。
 マグネサイト煉瓦は耐火煉瓦として今も製造されているようで、ガラス製品窯・製鋼用平炉・電気炉の炉底,側壁などに用いられるものだそうだ。ここでは大量生産に向けての研究やより良い製品を作る研究がおこなわれていたのではないでしょうか。

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 『窯業試験場耐火煉瓦窯場及煉瓦搬出ノ景 The Kiln House of the Fire-Brick Works,S.M.R.Dairen.』の絵葉書です。ここで生産された煉瓦などが大連から運ばれて各地で使用されたのでしょう。この絵葉書ではその運搬に馬が使用されています。

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 『窯業試験場硝子工場窯場 The Pot Furnace of the Glass Works,S.M.R.Dairen.』の絵葉書です。ガラス製品を作る窯と男たち、器具が並べられています。その様相からすると吹きガラスを作る窯場でしょうか。それとも工業製品などを作る窯なのか?判断が付きません。

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 宛名面です。『郵便はかき』とあるので昭和初期です。下部には『満州日日新聞社発行』とあります。『満州日日新聞社』の名前と絵葉書の様相からすると昭和10年から13年の間に発行されたものと思われます。


 時代が進むにつれ、平和産業よりから軍需産業寄りの研究・生産へと軸足を変えてゆくことは間違いありません。
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by richouken04 | 2012-04-08 00:18 | 戦前参考品
 こちらも同じくらいの頃のものでしょうか。どちらにも『瀬戸陶磁器陳列館』のスタンプが押されています。現在、ここは瀬戸市新世紀工芸館として改装・復元されたという・・・知らなかった…

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 こちらは『陶磁器製造工場』とあります。女性ではなく男性の職場のようで花瓶の胴体部分を電動ろくろで製造しているところですね。奥には土練りの機会も見えます。この動力が繋がっていてすべてのろくろを回しています。
 棚に砲弾のようなものがありますが、小さな穴のようなものがありますので掛け花活けではないかと思います。

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 こちらは『愛知縣立窯業学校及瀬戸町全景』です。現在でも愛知県立瀬戸窯業高等学校として存続しています。右端に大きな煙突があるのでここに窯があるのでしょう。遠くの山々は伐採による禿山化が進んでいる状況も見て取れます。

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 宛名部分はシンプルですね。『郵便はかき』とあるので昭和8年以前ごろのようです。宛名と文章を書く部分が半々。
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by richouken04 | 2012-04-05 22:16 | 戦前参考品

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 瀬戸町とありますので現在の愛知県瀬戸市なのでしょう。工場ではご婦人方が絵付けかポット(急須?)の取っ手をつけている光景ですね。右の棚には奥までずらっと製品が並べられ、乾燥させています。
 ここには窯場が丸窓で切られて貼り付けられています。形状から石炭窯でしょう。

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 宛名面はシンプルですね。『Union Postale Universelle』は万国郵便連合のフランス語表記らしい。今までの葉書のあて名面はこのような文字は無かったような・・・。これは世界に配達できるようにと考えられたのだろう。
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by richouken04 | 2012-04-02 16:42 | 戦前参考品
 万古焼は三重県四日市の焼き物。江戸時代(元文年間1781年〜1740年)に開窯されたという。今も稼働する多くの窯場と比べその歴史は浅いといえようか。また、茶器を中心とした製品の製造もほかの産地とは違った特色があります。

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 『マル本 絵葉書 三重縣四日市市 川村組』とあります。時代ははっきりしませんが昭和初期といったところでしょうか。

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 『川村組工場全景』と『陳列場』には大規模工場での生産が本格的になっていることを示し、陳列場には多様多彩な製品が所狭しと並べられています。小さいのでわかりにくいのですが、陶器人形、水盤、掛け花活けなどがみられます。

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 『原土作製ノ一部』と『生地製作ノ一部』です。生地製作には電動ろくろが導入されています。瑞浪市陶磁資料館や瀬戸蔵ミュージアムでは実物を見ることができます。

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 『電気炉』と『窯場』は時代の過渡期であることが想像できます。昭和時代に入るとそれまでの石炭窯から電気窯を導入する動きも出てきます。この写真からはまだまだ石炭窯が主力で電気窯は試験的な使用にとどまっている感じがします。

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 宛名面はシンプルです。




 しばらく絵葉書でつなごうと考えています。



 
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by richouken04 | 2012-03-17 21:01 | 戦前参考品

戦時下(S15~S21)に焼かれたやきものを中心として


by richouken04