時のかけら~統制陶器~

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百人一首の絵柄の子供茶碗

 子供茶碗と言っているが、当時窯元ではこのような名称はありませんでした。戦後、漫画やアニメの絵柄を茶碗に使用するようになってからこの名前が一般的になったのでしょうね。

 この子供茶碗は他のものと一緒に購入。そちらがメインでしたがこちらもそこそこ面白いものでしょ。

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 女人が描かれ、和歌が添えられる。このスタイルは百人一首の絵札ですね。名前は書かれていませんが和歌から小野小町のようです。

 『花の色は 移りにけりな いたずらに 我身世にふる ながめせしまに』

 恋に破れた自身と枯れてゆく花とをだぶらせた歌です。

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 別面は藤原道信朝臣の和歌です。

 『明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな』

 こちらも夜明けとともに恋人と別れなければいけない悲しさ…今も昔も同じですね。

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 三面目はなぜか下の句のみです。喜撰法師の和歌です。

 『わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり』

 茶碗には『世をうぢ山と 人はいふなり』だけです。これは他にも意味がありそうで…源氏物語の宇治十帖に絡ませているのではないかとも考えられませんか?

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 高台内には何もつけられていませんが、この茶碗はすごいんです。ほとんどの茶碗が高台を下にして焼くのに対し、こちらは伏せ焼きをしています。畳付(机との接点になるところ)はつるんとしています。

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 伏せ焼きですので口縁部は釉薬をはぎ取っています。伏せ焼きは洋食器の薄手のカップによく見ますが茶碗にはほとんど例がありません。高台部分に重量がかかり焼成が難しかったのだろうと推測しています。


 大正から昭和の初めは竹久夢二や高畠華宵、中原淳一など今までとは一線を画する文化が登場しました。その流れがこの茶碗を生み出したのかもしれませんね。
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by richouken04 | 2012-08-30 01:04 | 戦前参考品

戦時下(S15~S21)に焼かれたやきものを中心として


by richouken04