時のかけら~統制陶器~

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窯元の企業合同(昭和18年ごろ)

 太平洋戦争開始前(昭和16年のハワイ真珠湾攻撃前)の昭和16年3月より統制番号はつけられたのですが、戦争の拡大と物資の不足から時の政府は統制経済を推し進めていきます。
 統制の波はすべての産業で行われ、窯業分野においても各地の窯業地において生産者の企業合同が行われました。限りある資源を有効活用し必要なもの・量だけを造る。戦争時としては当たり前のことでしょう。
 たくさんの廃業者を出しつつも昭和18年ごろまでには合同が完了したようです。
資料が残る岐工連地区(岐阜県東濃地方)においても地区ごとに18前後の会社に合同されました。
 しかしいろいろな事情から合同後も廃業者は相次ぎ、また石炭鉱山や軍需工場への勤労奉仕などで昭和19年末ごろ、20年ごろはほとんど生産すらできない状況だったということです。
 戦後、企業合同は解散しました。その後は、合同時の名前を受け継ぐ会社、合同前の名前の会社、全く新たに名前をつけた会社が出来たのでした。
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by richouken04 | 2005-01-03 10:08 | 統制陶器って何?

戦時下(S15~S21)に焼かれたやきものを中心として


by richouken04