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時のかけら~統制陶器~

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大日本京都平八製の湯呑

 『平八』と言う名前は今から見ると普通に存在していた名前だったと思う。そう思わないと同時代に3人目の『平八』が出てくることに違和感が出てきてしまう。
 今日紹介する『3人目の平八』は作行きから明治時代後半と見る品物です。

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 釉下彩(ゆうかさい・透明のうわぐすりの下に色を持つ顔料で絵を描いたもの)で馬と草花と鳳凰を描いている。釉下彩は一般的に『染付』と呼ばれるものも含むが特に染付以外の名称として使用することが多い。

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 ここでは紅(または赤・ピンク)の顔料で絵を描く。江戸時代は染付(青)以外では辰砂(しんしゃ)と呼ばれる赤く発色させる技法で少量ながら製品が造られたが明治になると西洋からの技術などをもとにさまざまな顔料が考案された。

 しかしながら染付以外の技法は一部を除いて多用されることはなかった。今多く見る骨董市や統制陶器、海岸陶片でも『青・緑』がほとんどで他の色は上絵付けでおこなわれる事が多い。

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 高台内には『大日本京都平八製』の呉須銘が入れられている。こういった銘が入りはじめるのが明治後期から大正の初めだという。サイズは直径7.9センチ、高さ5センチ。

 当初は五客の組であったろうが長い年月でひとつだけになってしまった。湯呑とはいえ、この頃のお茶となると格式高いお茶に使うもの。小さな高台脇の渦も一つ一つ丁寧に描いている。
by richouken04 | 2007-06-21 01:12 | その他産地

戦時下(S15~S21)に焼かれたやきものを中心として


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