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時のかけら~統制陶器~

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岐877の皿3種

 陶片狂さんえらいです。いろんなところへコメントを残されて。
 
 全く関係なく書き出しているのはもう疲れているから。やはり毎日はつらいです。
 何を取り上げようかと思ったが、銅版転写の皿3枚を取り上げます。同じ生産者のそれぞれ構図が違うもの、ニュースになったゲイジツカの絵は「あれはなぁ・・・」ですが、これは全く違います。

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 牡丹の花を3輪銅版で描いています。一枚の銅版で転写をしているように見えますが、よーく見ると半分づつ2枚の転写紙を使用しています。真ん中で微妙なズレがあるのが分かるでしょうか?とてもうまくつないでいます。
 牡丹の花の間は細かい唐草文がぎっしりと詰め込まれています。とても細かい仕事です。

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 高台内には黒顔料で『岐877』と大きい統制番号が打たれています。これほど大きな番号印はこの業者のみかと思います。サイズは直径12.9センチ、高さ2.6センチ。

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 これも牡丹の花を3輪取り上げた皿です。こちらはどうやら一枚で刷り上げたようです。牡丹3輪を中心に区切りに扇?を使用して画面を均等化しています。

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 高台内には黒顔料で『岐877』とあります。これは一般的な大きさですね。皿が均一に白くなっていないのは画像の問題ではなく、皿自体よく焼けず焼けむらが前面に出ています。戦前、戦中の食器類のはこのようなものも多数見られます。
 サイズは直径13センチ、高さ2.5センチ。

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 こちらは全面に菊をあしらっています。これも一枚で刷り上げているようです。区切りの線が見分けられません。構図としてはこれも3つのグループに分けれそうです。
 銅版転写の皿では普通に見られる現象なのでしょうか?意識して見たことが無いのでわかりません。

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 これも高台内には黒顔料で『岐877』とあります。サイズは直径13センチ、高さ2.1センチ。

 『岐877』番号は岐阜県土岐市下石町に当たります。この窯業者は昭和18年5月までで休業したと資料にあります。そう考えるとこれらは昭和18年初めまでに製造されたものと見ることが出来ます。
 
by richouken04 | 2006-05-30 16:50 | 岐(岐阜県東濃地区)
 昭和5年、東濃地区(岐阜県美濃地方)では荒川豊蔵がそれまで瀬戸地区(愛知県瀬戸市)で生産されていたと考えられていた志野の茶碗片を発見した。その後、豊蔵は桃山陶の再現を目指し、戦時中も焼き物を焼いていた。
 その流れは各地に影響し、『柿右衛門風の紅茶碗皿(名24)』や『織部釉飯茶碗(品180)』などの製造にもつながってゆく。

 統制番号は昭和16年3月以降使用されたが、これは一般向け食器類を製造する窯元、会社につけられたもので、実は番号を持っていない窯元もある。それは個人作家と呼ばれる一品物を製作する陶芸家や特別な技術を持つ個人、会社であった。
 その中にはのちに人間国宝となる陶芸家もたくさんいる。今日はその内の備前焼で唯一、統制番号の免除がされた金重陶陽(本名・金重勇)の作とされる蓋付き茶碗を紹介します。

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 現代の備前焼と比べると異質な感じを受ける方もおられるかと思います。現在焼かれている備前焼は金重陶陽が再現した備前・桃山陶の流れを受けているのです。
 備前焼は桃山時代、多種多様な技で茶陶として人気を博したものの、江戸時代に入ると有田・唐津や美濃・瀬戸に追いやられてしまいます。この頃の製品は今の備前焼とは全く別の焼き物のように見えます。
 
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 上から見たところです。土が光って見えるのは光の加減だけではありません。焼成後、器を藁などでこすってわざと光沢を出しているのです。素朴な無釉のやきものだけでは販路が見出せない背景があったのでしょう。

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 蓋・碗の内側です。やはりよく擦ってあるので光沢が出ています。今のものでも擦ると光沢が出て味わい深くなります。
 中央部は重ね焼き、あるいは窯道具の跡です。燃料材料の節約のためにも仕方の無いことです。いや、戦争中苦労しながらも焼き物を焼くことが出来ただけでも幸せなことだと思います。

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 高台中央には金重陶陽の窯印の「分銅印」があります。上部がかすれ、はっきりしませんがこれは他の産地とて同じ状態のものが多数あります。分銅印は金重陶陽の印ですが、この蓋付き茶碗が本当に陶陽作かどうかは鑑定してもらっていないので分かりません。
 ただ、時代的には統制陶器とほぼ同時代に焼かれたものであることには間違いありません。
 サイズは測り忘れ。片付けてしまいました。

 参考に同じような蓋無しの茶碗を紹介します。蓋付きもあるのですが、写真を撮る前に片付けてしまったようです。

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 色合いは茶色が強いですが碗の形状はほぼ同じです。

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 碗内です。同じように光沢と重ねた跡が見えます。一つ一つ擦ったことを考えると大変な重労働だと思います。

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 高台内には「備18」と凹印が押してあります。写真ではちょっと見えないですね・・・。サイズは直径10.7センチ、高さ5・3センチ。


 ところで、陶陽の蓋付き茶碗と他の生産者の蓋付き茶碗の価格は当時どのような取り扱いだったと思われます?

 今ならば雲泥の差がつく価格差ですが、当時はどちらも同じ価格です。

 統制番号を免除してもらったとはいっても、それは「備前桃山陶」研究に対してであり普段使いのものに対しては他と同じマル公価格(公定価格)での販売しか出来なかったのです。
by richouken04 | 2006-05-29 17:34 | その他産地

岐691の化粧品瓶

 もう一つ、これも有名な詩人が関係した商品を紹介しましょう。戦前期から戦中期はさまざまな有名人が意外と知られていないだけで商品開発に携わっているということがわかるかと思います。

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 ラベルには「モンココ洗顔クリーム」と印刷されています。蓋はベークライト。ごく一般的なこの時代の化粧品瓶です。ラベルを貼り付けてある部分もサイズが同じですのでこの商品のために造られたものでしょう。

 どこが有名人?

 この商品は佐野繁治郎氏の「パピリオ」デザインとは違い、そのネーミングにあります。この商品はモンココ本舗という今は無き会社(戦後まで存続)で製造されました。この会社名変わっているでしょう?
 由来は作家・永井荷風の『ふらんす物語』の娼婦の名前から来ています。その名前を会社名に推したのが詩人・金子光晴なんです。

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 これは付属していた箱。ぼろぼろで朽ち果てようとしていますが、どこか気の抜けた、アンニュイさが漂っている気がします。これでも戦時中のものなんですよ。
 ちなみに「モンココ洗顔クリーム」は昭和15年(1940)発売されています。

 写真には撮っていませんが、確かマル公価格がついていたと思います。また、瓶の底には『岐691』と凹印が付けられています。化粧品瓶サイズは測り忘れ。2004年夏ごろの収蔵品はサイズを測っていませんでした・・・。
by richouken04 | 2006-05-27 01:10 | 岐(岐阜県東濃地区)

パピリオの瓶・最終回

 パピリオをめぐる探索の旅は今日で終わりです。この瓶をめぐっていろいろと勉強できてとてもよかったと感じています。戦前のモダンなデザインが広告デザイナーによって生み出され、戦争開始後はその腕が戦意高揚のポスターやビラに利用されたことなど知らなかったこともありました。本当にありがたく思います。
 5月25日、京都の北野天満宮の縁日(通称・天神さん)へ行きました。そこで見つけました。『P.』の瓶。
 
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 これは戦後のものでしょう。『日本の広告美術-明治・大正・昭和3』に掲載されているものと同じです。戦時中のパピリオと並べてみました。肌合いや雰囲気の違いを感じ取れるとよいのですが・・・。

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 裏側です。戦時中の円柱形瓶に比べ正方形瓶の肌合いはつるつるしています。四角のうち二方向で鋳込みした跡を調整しています。

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 高台部です。「1000」は業者さんがマジックで書き入れた値段です。なんてことを・・・。統制番号などはありません。正方形の化粧品瓶のサイズは横・奥行き共に4.4センチ、高さ4.7センチです。


 『日本の広告美術-明治・大正・昭和3』  佐野繁次郎/他 伊藤憲治/他  美術出版社 1964年  品切れ中

 『sano 100 佐野繁次郎とその装釘』  佐野繁次郎/他 sano 100 associe/編utrecht100  2003年  税込み840円
 こちらで購入できます。また佐野繁治郎氏についても知ることが出来ます。
 ユトレヒト人物別リスト 佐野繁治郎 
by richouken04 | 2006-05-25 22:24 | いろいろな事

PAPILIOの瓶

 知り合いの骨董屋さんから「骨董ファン 28号」にこの瓶と箱の写真が掲載されているとの情報です。画像で見せてもらいましたが、間違いなくパピリオの瓶2つ(四角と円柱のもの)が掲載されていました。
 箱から感じるのは戦後の雰囲気です。箱付き化粧品容器はいくつか見たり所蔵していますが、それらと比べるとデザインがちょっと斬新過ぎる感じがします。戦前、戦中はもっと、アナログっぽい雰囲気が漂ってますので。
 ネット上で購入できるそうですので、関心のあられる方は購入してください。
by richouken04 | 2006-05-25 00:28 | いろいろな事

岐1103の化粧品瓶

 最近に入手したもので、「載せて!」とリクエストがありましたので、紹介いたします。今日の物は「P.」の瓶の謎解きのきっかけとなるだろう、化粧品瓶です。

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 ラベルが状態良く残っていたのではっきりと読むことが出来る。「PAPILIO P. CREME」。P.の部分のデザインはまさしく陶片狂さんのブログ『陶片茶房』に掲載されていたものとほぼ同じと判断されよう。

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 ラベル拡大図。
 『PAPILIO』のデザインは画家であり、装丁家でもある佐野繁治郎氏のものではないかと見ている。彼自身『パピリオ』のデザインを担当していることは確認しているのでほぼ間違いないと思う。

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 裏側は何もない。白一色。商品名ラベルだけなのは工場などで働く女性に対して配布されたから、という話を読んだことがある。

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 蓋はベークライトという樹脂で造られている。陶磁器や紙などもあるがベークライト製の蓋が多い。上部に『PAPILIO』。

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 高台部には『岐1103』と呉須印で統制番号が付けられているほか、○B、○0A0のラベルがある。ラベルが何を示しているかは不明。
 『岐』の字体が一般的な産地記号の『岐』と違うため比較的初期段階での製造ではないかと考えられる。サイズは直径4.5センチ、高さ(蓋込み)6センチ。

 補足として本容器は磁器ではなく、硬質陶器あるいは磁器と呼ばれるもので、柔らかな白色で、全体に貫入が入っている。化粧品瓶は数あるものの、このような手の物はこれ一つきりです。
 また、成形はろくろではなく鋳込みを行っている。写真ではわからないので掲載していないが、前後を付けた際に調整した跡が残っている。

 先日の四天王寺の市でちょっと参考品を購入してきましたので紹介します。

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 黒ガラスで造られた化粧品瓶です。ラベルには「GELMMY g VANISHING CREAM」とあります。注目は「g」ですね。明らかに意識していると思われるものです。

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 裏側には価格表示と製造元が書かれたラベルがついています。マル公1円45銭で売られていたこと、エンゼル商会(大阪)が製造したことなどがわかる。
 サイズは直径4.5センチ、高さ5.7センチ。サイズもよく似ています。
by richouken04 | 2006-05-24 00:55 | 岐(岐阜県東濃地区)

品180の茶碗

 最後の最後は花?と首を傾げたくなるものですが植物の花にはいろいろありますので、花に入ると思います。こんな文様もこれ一つですね。

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 葉の付き方からヨシ(アシ)と見られる文様です。ヨシは川岸などの水辺に分布している大型の植物です。昔は葉を加工して船を造って川に流して遊びましたが、今ではそんな子供も見かけなくなりました。
 ここには濃淡の鉄釉で2本のヨシを描いています。写生を基本としているのでしょう、葉の様子や倒れ方にリアリティーを感じます。

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 別面にはほんの少しですが織部釉を使用しています。

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 高台内は無釉です。全面に貫入が走っていますが、これは陶器では多々見られるものです。

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 高台内には『品180』と凹印が付けられています。サイズは直径11.6センチ、高さ6.7センチ。


 この度、骨董市での獲得品を他ブログで紹介することにしました。画像はありませんが、そちらもよろしく。→richoukenの骨董日記
by richouken04 | 2006-05-21 23:32 | その他産地
 瀬戸地区の茶碗を3つ紹介します。瀬戸地区の茶碗は東濃地区のものと比べ高台の畳付部分が少し外側に反っているものが多いように思います。すべての物がそうだとはいえませんが、東濃地区の物は不思議と垂直になっています。
 そんなところも注意してみると番号無しの物も生産地が見えてきそうです。

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 ゴム印で絵付けされた矢羽と菊。この時点で何かしら歴史上の人物を思い出されてきます。菊=皇室、矢羽=楠木正成と私は考えています。これが鳥の羽2枚であれば忠臣蔵の浅野家を思い出します。
 ゴム印で絵付けされているとは言え出来は上々です。濃紺の呉須を使用した菊花、矢羽の呉須など少しずれれば失敗作にもなりかねません。
 高台部の写真は撮っていませんが、高台内に『瀬710』と呉須印が打たれています。サイズは直径11.3センチ、高さ6センチ。

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 こちらもゴム印を使用した菊の花。こちらは一つ一つあるわけではなく、全面に連続文様として絵付けされています。絵柄を見ると全面の文様も4回ゴム印を押していることがわかりました。
 これは高台部の反りが上部の物より強いことがわかるかと思います。こちらも高台内の写真を撮っていませんが、高台内に『瀬757』と呉須印が打たれています。
 サイズは直径11.3センチ、高さ6.3センチ。

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 最後は松枝と松ぼっくり文の茶碗です。焼成がうまく行かなかったのか呉須の発色が黒っぽくなっています。
 それにしてもこの松枝に松ぼっくりは他の文様に見られない独特なデザインをしていて興味深いです。この茶碗も少し高台部が反り返っています。

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 高台部から見ると枝が3つあることや高台周りに昔ながらの文様が絵付けされているのがわかりました。記号番号の大きさから『瀬』としていますが、呉須の印がぼやけてせっかくの記号・番号も見えなくなっています。
 こういう物があるのも統制陶器ならではといえる事柄でしょう。サイズは測り忘れ。
by richouken04 | 2006-05-21 01:42 | 瀬・セ(愛知県瀬戸市)

東濃地域の展覧会予定

 どんぶり会館に寄った際、『東濃西部陶磁資料館ガイド』をもらってきました。2006.4-2007.3までの展覧会予定と各館の見所を各館学芸員さんが紹介しています。

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 ・多治見市文化財保護センター
 URL:www.city.tajimi.gifu.jp/bunkazai/ 
 土曜日曜は休館日ですので注意が必要です。
 6月ー11月いっぱいは『岐阜県の縄文土器からわかること』を開催中。
 その後は『市之倉中窯・洞窯発掘出土品展』を開催予定です。

 ・財団法人 岐阜県陶磁資料館
 URL:http://www.toujiki.net
 5月30日-7月30日 大正・昭和(戦前)の美濃焼
 12月5日-1月28日 銅版小皿展
 8月1日-10月1日 美濃陶の復興に人生を賭けた人々 荒川豊蔵・加藤唐九郎・水野愚陶展(案)も開催されます。

 ・岐阜県現代陶芸美術館
 URL:http://www.cpm-gifu.jp/museum/
 こちらは戦後に活躍した陶芸作家や現代の陶芸作家、海外のやきものを紹介する展覧会が開かれます。また、毎月第4週の土曜日、日曜日には『セラミックパーク美濃 骨董市』が開催されます。
 7月29日-10月9日 20世紀陶芸界の鬼才 加守田章二展
 10月21日-1月8日 景徳鎮千年展

 ・土岐市美濃陶磁歴史館
 HPはありません。 土岐市泉町久尻1263  TEL 0572-55-1245
 桃山陶の代表的窯跡である『元屋敷窯跡』が歩いて5分くらいに立地しています。
 5月12日-7月23日 やきものにみる東濃の歴史(仮称)
 7月28日-10月1日 やきものと味覚-近現代の食文化考-(仮称)
 10月6日-12月10日 魅せられて~志野~(仮称)
 12月15日-2月18日 織部(仮称)

 ・東濃西部歴史民俗資料館 瑞浪陶磁資料館
 URL:http://www7.ocn.ne.jp/~t-kouiki/siryoukan/siryoukan1.htm
 特に陶磁器生産に使用する道具類の展示があります。
 8月18日-10月29日 大正・昭和のやきもの(仮称)
 11月3日-1月28日 やきもの成形の探求(仮称)

 ようやく注目され始めた大正・昭和のやきものに関する展示が相次ぎます。この機会にぜひ東濃地区の各館へおこし下さい。

 また、多治見市将校観光化ほか4者の編集で『美濃焼情報誌 MINOYAKI たじみ』が発行されています。美濃焼の歴史や現在の美濃焼について情報が寄せられています。
 これは多治見市内の公共施設に置いてあるかと思います。
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by richouken04 | 2006-05-19 18:48 | いろいろな事

有13、有71の皿

 統制陶器に描かれる花は以外と種類が限定される傾向が見られる。当時でもいろいろな花が見られたのに不思議なことだ。
 今日明日明後日と他に文様例の見られないものを紹介したいと思います。
 今日は有田のものです。

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 五ヶ所の切込みを入れて輪花型の皿に仕上げている。青磁の皿は東濃地区(岐1086以降)に多くあるが、有田地区でも数多く生産されている。
 余白を多く取って静かな雰囲気を出している。戦時中に製造された製品という性格を考えるとこの静けさがかえって戦争の恐ろしさをかもし出している気がしてならない。

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 文様はオニユリの陰刻で、型押ししている。野辺の百合は白い花を付ける『ヤマユリ』とオレンジ色の花をつける『オニユリ』が代表的。このうち九州地方に自生している事と、花やつぼみが茎に対して水平方向にあることから花がオニユリであろうと結論付けた。

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 裏側は何も文様はついていない。高台内には『有13』と呉須印が付けられている。サイズは直径11.4センチ、高さ2.3センチ。

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 こちらは比較のために紹介します。
 皿の形状は切り込みの深さが若干深いものの輪花型の青磁の皿です。縁の周囲に呉須を吹き付けています。

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 文様は陽刻で草花文を表しているようですがあまりに抽象的過ぎて何の花なのか全くわかりません。大まかに言えば秋の草を描いているのではと思います。

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 裏側はこちらも何も描かれていません。高台内の統制番号も薄くなっていますが『有71』と呉須印が打たれています。
 サイズは直径12.6センチ、高さ3センチ。
by richouken04 | 2006-05-19 10:18 | 有(佐賀県有田町)

戦時下(S15~S21)に焼かれたやきものを中心として


by richouken04