時のかけら~統制陶器~

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尿瓶

世の中、陶器の尿瓶を喜んで買う人間は何人もおるまい。
だから、

今日は尿瓶記念日。
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by richouken04 | 2008-05-29 04:47
 mimi_daikon さんが軍隊盃を紹介されているので便乗です。

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 『支那事変記念』とかかれた盃です。絵柄はちょっと光で見えずらいのですが中国の楼閣門上を飛行する戦闘機と軍旗(旭日旗)。青磁釉薬を掛けたものではなく、土自体が青磁(青い)を発色しています。

 今は日中戦争とかアジア・太平洋戦争とも呼ばれますが歴史的に見れば当時の名称をそのまま使用することが妥当だと思います。このころは戦争に対する考え方が今を生きる私たちとはまったく違うものだと思いますので理解するのに難しいですが『勝った、勝った』と熱狂の渦に国中が包まれていた時代なのでしょう。 

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 側面は何も文様がありません。形状は口ふちが反るタイプで東濃地区の茶碗にも似た形状があります。この手の形状はほぼこの地域で造られたものと考えてよいのではと思います。

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 高台内には個人名と『岐166』?と思われる呉須印が付けられています。この手の盃には個人名が付けられるものですが陶製番号を伴うものでは個人名はついているものは少ないです。サイズは直径5.7センチ。

・・・・・

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 こちらは『大東亜戦記念』とかかれた盃です。内部はラスター彩を施した『贅沢』なものに見えます。『勝って』・『緒をしめよ』と文字があるのですが光ってしまいました。『勝ってかぶと(鉄カブト)の緒をしめよ』を示しているようです。

 大東亜戦争の名称は真珠湾攻撃後に決定され増した。そのことを考えると、その後にゴム印をつくり、各地の販売店にデザインを配布し、注文を受けて焼き付けたと考えられます。そうなると昭和17年の初めごろなのでしょう。

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 側面は青釉に『倉敷の大和心を人とはば朝日ににほう山桜花』の歌がつけられています。本来の意味を違えて国策に利用されました。

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 高台内には『岐166』の凹印がついていますが小さいので見えませんね。凹印はちょっと見えにくいものです。個人名はありません。サイズは直径5.4センチ。
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by richouken04 | 2008-05-26 11:46 | 岐(岐阜県東濃地区)

皿 2種

 銅版転写の皿。何も買う物が無かった骨董市で発見。

 おお!図変わり印判っ!

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 左は『日英同盟記念』、右は『三つ葉クローバー尽くし』。2枚で1000円でした。

 日英同盟記念の文様は図変わり印判としてはとても有名ですね。なかにはそれぞれの国がグダグダに崩れたものもあります。
 三つ葉クローバーの図はどうなのでしょうね。珍しいとは思いますが。

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 裏側です。
 もちろん、統制番号などありません。明治から大正ごろに製造されたものです。

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 高台部分を拡大すると製造時期の差があることが判断できました。左は日英同盟皿、右が三つ葉文です。左は内部がなだらかに下るのに対し、右は垂直に近く削ってあります。

 高台内部がなだらかになっているものは石膏型を使用して製造されたものです(むろん、ここをきれいに削っているものもあるでしょうが)。




 
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by richouken04 | 2008-05-23 23:02 | 戦前参考品

岐221の湯呑

 どこだったか忘れたけれど、古老が古陶をガラス越しに見ながら友人?に『最近は絵付けがへたくそになった』と話されているのを聞いたことがある。まぁ、確かに否めないですネェとか言われていたと思うけど妙に印象強く残っている。

 型紙摺絵、銅版・石版転写、ゴム印、シルクスクリーン・プリント転写とどんどん単純化されてゆく作業化では致し方ないところがあろう。また戦前よりやきもの業界自体安定したものではなかったので一部業者以外では人員の教育という部分まで手が回らなかったのだろうか。

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 呉須で描かれた春蘭の文様。統制陶器ではごくごくありふれた文様のひとつではあるけれど迷いの無い葉の描き方、濃淡で葉や花を描き分けるのは焼き上げ前を知っている方であれば難しいことがお分かりになるだろう。
 春蘭の根元には怪石。中国江南地方(蘇州や杭州あたり)で珍重された石を描きます。石の枠としてイッチン技法が使われています。

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 反対側に葉の一部が描かれています。こういう一見無駄に見える部分に手を加えるのが日本の伝統ですね。

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 高台内には『岐221』の呉須印があります。岐阜県多治見市一之倉で生産されたものです。この地域は戦前より酒盃を多く焼いていましたが湯呑も多く焼いています。サイズは直径8.1センチ。
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by richouken04 | 2008-05-22 16:04 | 岐(岐阜県東濃地区)

湯呑3種

 何気ない湯呑。人気も無く、ただぽつんとありました。

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 紗綾形(さやがた)文様に似ていますが『卍』の部分がありません。

 反独?・・・まさか。

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 市松風の文様です。伝統的な文様から着想して考えられたのでしょう。

 そして・・・

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 ビーチコーマーの間では『染色体』文様とも呼ばれている湯呑、あるいは小碗。

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 ろくろで成形されています。明治時代でしょうね。
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by richouken04 | 2008-05-21 17:07 | 戦前参考品

岐424の湯呑

 骨董屋さんと言えども取り扱う品物いかんによってはその価値も変わるということを知る瞬間
がある。特に統制陶器などはほとんどの業者さんにとって『ゴミ』同然の扱いなのである。

 『好みじゃないから評価は低い』と古陶磁を扱う若い店主はそう言った。

 ・・・・・

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 茶(鉄)でぐるぐるとらせんを描く湯呑。らせん文様は古伊万里でも少なからずあるようだがあまりに単純なためか類例は少ないようだ。だけれど時代を問わないその文様は現代の暮らしの中では帰って面白いものだと思う。

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 外部と内部は同じ釉薬ではなく掛け分けている。わざわざ掛け分ける必要がどれほどあるのだろうかとも思うがそこが時代の流れというものであろう。

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 高台内には『岐424』のクロム印がつけられている。岐阜県土岐市内の製造。小規模な窯元が密集している地域で、今も創業している窯元は多いです。ここは同なのでしょうね、残念ながらそこまでの調べはしていません。 サイズは高さ6.6センチ。

 昭和初期からのモダンな風俗の流行は陶磁器の世界にも影響を与えていていろいろな形状が発達しました。そういった流れが戦争によって途絶され、敗戦後はアメリカ文化に取って代わられます。
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by richouken04 | 2008-05-17 01:28 | 岐(岐阜県東濃地区)

国策湯丹保

 大丈夫なのでしょうか、次々と出してしまって・・・。あとが続かないのに。

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 『国策湯丹保』と銅版転写で付けられた湯たんぽです。この湯たんぽはもう見たままですので有名な戦時資料です。『とりあえずこれがあれば代用品はいいか』なんて言いたくなるくらい?ビジュアル的にもわかりやすいものです。

 ナノでずっと購入しませんでした。湯たんぽだし。場所とるし。

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 側面は溝が彫られています。凸状態で九州の昭ちゃんさんがおっしゃるように布を巻きつけ使用したとのことから、布が外れないようにするため、または熱が直接素肌に当たらないようにするための工夫でしょうね。

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 かまぼこ型の断面はすすぎ口側を上にして焼成しています。くぼみは取っ手ですが釉薬がかかっているので滑りやすく、実用的ではありません。底になる無釉部分が赤く発色しているのがわかるでしょうか。今までの経験からいうとこの製品は有田・肥前地域で焼かれたものではないかと思います。
 
 有田・肥前地区では食器以外に火鉢など大型製品も焼成しています。それらの底部分が赤く発色しているものが見られるからです。でも瀬戸地区の製品かも。

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 湯たんぽの底に当たる部分は釉薬。全体の釉薬の掛け具合は丁寧にかけられています。統制陶器の時代からそんなに時間は違いませんがこのちょっとの違いで釉薬のかかり具合も違うんですよね・・・。 サイズは横長さ23.3センチ。

 ヤフオクにて購入。確か以前ヒッポ爺さんの店『民草』でも見かけました。
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by richouken04 | 2008-05-14 01:14 | 戦中期参考品

15の手榴弾

 テレビで紹介されたあとは結構評判になったらしいのだが、最近は落ち着いてきたらしい。そうそうあるものではないし、『だからどうした?』程度のものだから(やきものとしては、ですよ)潮の引くのも早いのだろうか。

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 備前焼の手榴弾。全面に薄く鉄釉を塗ってあるようだ。そして石膏型を使用して製造されたことが表面についた土のしわで判断できる。縦みぞの様子から上下と口部分の3つを合体させて完成形としたのだろう。

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 口ふちの一部を欠いているのは敗戦後の廃棄命令によるもので他の産地のものでもほとんどが欠いている。これは上手に直しているようだね。ほとんど目立たない。

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 底(焼成時はこちらが上面)には『15』の凹印が見える。降り物(灰や砂)で見えないものも多いがきれいに見えてよかった。サイズは高さ8.3センチ。

 先日の名古屋骨董祭にてヒッポ爺さんのお店『民草』より嫁入り。
 
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by richouken04 | 2008-05-13 02:14 | その他産地

今日は片付中


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 部屋の一角が統制陶器で占領されてしまいました。
 これで4月の骨董市・ヤフオク・ゴールデンウィーク中の骨董催事の戦利品の9割方です。

 『片付けなさいっ!』

 『・・・ハイ・・・』
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by richouken04 | 2008-05-12 00:13 | いろいろな事

万87のヤカン

 骨董の世界にも流行があって今は骨董というよりも『雑貨』的なものが若者にうけるようだ。古伊万里はいろいろな理由があって売り上げにつながらないがモダンな文様は売れていたりする(らしい)。

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 これもそんな1つに数え上げられようか。形状はまさに琺瑯びきのヤカンにそっくりである。当然のことながら陶器で製造されている。ヤカンはいくつかあるけれど丸型のものが多く、角型とも呼ぶべきかこのような形はあまり見ない。

 保管場所をとるので普通には購入を『辞退』してしまうものだけれどその形状に購入してしまった・・・。

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 底部分は使用されていたので煤がついて真っ黒。実際、代用品の中でも鍋・ヤカンの類は戦中を通じてたくさん生産・使用されたものであろう。火のあたりを良くする為に底部分をいろいろと工夫しているのも特徴です。サイズは測り忘れ。
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by richouken04 | 2008-05-10 22:16 | 万(三重県四日市市)

戦時下(S15~S21)に焼かれたやきものを中心として


by richouken04