時のかけら~統制陶器~

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タグ:緑二重線入り食器類 ( 16 ) タグの人気記事

 大正時代には登場してくる緑二重線入り食器(まだこの頃は国民食器の名称は付付けられていない)。その後、この食器に関する文献を調べてみると、昭和9年6月10日発行の『美濃の陶業(』なる冊子にそれと思われる記述が見られる。
 『日本陶磁器工業組合連合会生産分野』という項目があり、日本陶磁器工業組合連合会がこの時点で生産品と製造地域を統制していたことがわかる。その中に『厚口食器(二本筋入)』の名称が見られる。これは緑二重線入り食器のことではないかと思われる。

 そこに示された生産地は『瀬戸 岐工聯(岐阜県陶磁器工業組合連合会の略称)(西南部、瑞浪)』になっている。これは瀬戸地区と東濃地域の西南部(多治見・笠原・市之倉)地区と瑞浪地区での生産を許可したとのことで他の地域では生産してはいけないことになっていたのである。

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 統制陶器を見てみると産地を示す記号では『瀬(瀬戸)』・『岐(岐阜県)』・『品(品野)』の三地区がみられる。印銘の付け方や器種はいろいろあるものの次のようになるだろう。(上部・『岐289』煎茶碗、下部・『瀬609』小皿)

 ・茶碗(汁碗形を含む)
 ・湯呑(煎茶碗形を含む)
 ・蓋付き丼
 ・小鉢
 ・皿(丸皿・多角形皿)

 比較的現存数が多いのはサイズはいろいろだが、皿であろう。反対に少ないものは小鉢でこれは戦時下の食糧事情によるものであろうか。


 つづく
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by richouken04 | 2010-03-14 00:26 | 統制陶器って何?
 国民食器と工場食器はどちらも厚手の素地に緑二重線が入る(工場食器にはさらに社章が入る)食器類のことです。茶碗、丼、皿、湯呑の4種類の和食器と肉皿(プレート皿)、スープ皿の洋食器類が存在しています(洋食器についてはまだ種類があるかもしれません)。

 この食器類がいつから登場してくるかはよくわからないところがあります。それは輪線のみのシンプルな文様で構成されているからです。しかし、江戸時代や明治時代の和食器類にはこのような輪線のみの製品はかなり数が少なく一般的ではなかったようです。
 明治時代以降、陶磁器が輸入や輸出されるようになってからは肉皿(プレート皿)にこのような線だけの製品が登場してくるようです。ですから私個人としては、この文様はヨーロッパが発祥だろうと考えています。

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 これは時代はわかりませんが、高台内にドイツ語らしき文字が書かれていることからヨーロッパで生産されたものでしょう。緑線は一本ですが、線の描き方などは国民食器とまったく同じです。

 ・日本での生産はどうだったのでしょうか。
 
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 大手メーカーでは日本陶器(現ノリタケ)がこの手の食器類を生産している。これは緑線が2本入っているものの、国民食器に見られるような緑線ではなく、一本は太く描かれている。日本陶磁器工業組合連合会の取り決めに配慮してのデザインなのかもしれない。他にも緑二重線の間にピンク線が入るものも存在している。
 高台内の裏印はヤジロベー印とも呼ばれるもので明治44~昭和15年ごろまで国内向け食器類に使用されたものといわれる。裏印の使用期間が長いためいつごろの生産品か確認が難しいが高台の作りなどから昭和時代と推定している。



 つづく
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by richouken04 | 2010-03-06 20:38 | 統制陶器って何?

ノリタケの絵皿?

 緑二重線入り食器はいろいろ持っていますが、絵入りのものは2つだけでしょうか。

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 去年の夏の『骨董ジャンボリー』で見つけて値引き交渉もせず、買ってしまいました。

 ヒッポ爺さんのお店の目の前でした。  ・・・・危なかった・・・・

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 一見かわいらしい絵柄なのですが、女の子の手にはなぜか『ムチ』・・・なぜ?日本的な絵柄ではありません。外国向けなのでしょうかねぇ?

 『教育上よくありませんわ』と言われそう。

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 高台内には『日陶製』のクロム印が付けられています。確か、昭和初期から使われている裏印だったと思います。ノリタケの緑二重線入りの食器類はこの裏印です。
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by richouken04 | 2009-02-12 23:05 | 戦中期参考品

瀬716の国民食器

 九州の昭ちゃんさんからリクエストがありましたので、丼を紹介します。これが記憶に残るものかどうかは分かりませんが、この形のものが一番数の出てくる形状です。(ただし蓋を伴うものは少ないです)

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 いつも『岐』(東濃地区)カテゴリーばかりなので瀬戸のものです。実は国民食器と呼ばれる緑二重線の食器で統制番号を伴うあるいは生産者が判別できるものはほとんどが岐阜県東濃地区で生産されたものなのです。
 『瀬』(愛知県瀬戸市)で数点、『品』(愛知県旧品野村・現瀬戸市)で一点を数えるだけです。他の産地(有田や万古)では確認していません。このことも不思議なところです。

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 蓋を取ったところです。形は今でも見る丼の形と同じです。

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 蓋の側面。

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 蓋を上から。蓋には統制番号は付けなかったようです。

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 丼の高台内には『瀬716』とクロム釉印が付けられています。サイズは丼が直径15センチ、高さ7.4センチ、蓋が直径13.9センチ、高さ3.8センチ。

 ブログに掲載できる画像のサイズに制限がありますが、上部2つのみサイズを大きめにしています。なるたけ画質を落とさないようにしましたが、印刷時に画質は落ちてしまうかもしれません。
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by richouken04 | 2007-07-14 01:41 | 瀬・セ(愛知県瀬戸市)

岐122の国民食器

 今も昔もどこの場所でも戦時においてはいろいろなスローガンが使用され、いろいろな媒体で宣伝される。これもそんな一つ。

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 『臣道実践(しんどうじっせん) 文麿 (印)』とある国民食器。臣道実践は当時よく宣伝されたもの。国民をいちがんとするためのスローガンなれど、理解するにはちょっと難しい言葉だと思います。
 近衛文麿は首相にもなった人物で終戦時に服毒自殺を遂げました。

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 反対側には『大政翼賛会』のマークが付けられています。隣組の歌詞が付いた湯呑ではおなじみのマークです。戦後の人には仮面ライダーのショッカーのシンボルマークに似ていると感じるかもしれません。
 もとはおそらく『金鵄』を図案化したものだと思いますが・・・。

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 高台内には『岐122』のクロム釉印が付けられています。サイズは直径7.4センチ、高さ7.2センチ。
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by richouken04 | 2007-07-12 01:50 | 岐(岐阜県東濃地区)
 先日は子供茶碗でしたが今日は湯呑です。絵の入ったものはこれで2点目。これからも出てくるのでしょうか。

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 湯呑でも端が外反する煎茶碗タイプ。今日ではこの形の湯呑も見ることは無いかと思われる。緑の二重線とともに花が描かれる。

 ピンクの花はどんな花を描いたかは分からないものの、絵付けの技法は『イッチン』と呼ばれるスポイトを使って描く技法。半分溶かした顔料をスポイトに入れて描くので顔料が盛り上がるのが特徴。ピンクの発色は『金』を使用するため、この時期のものにはあまり見ない。たまたま残っていたものだろうか。

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 高台内には『四角枠に岐723』の凹印が付けられる。岐阜県妻木町内の窯元の製品で、他の窯元でも同じように四角枠を伴う統制番号が見られる。
 サイズは直径9.3センチ、高さ5センチ。
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by richouken04 | 2007-07-11 01:15 | 岐(岐阜県東濃地区)

戦時下(S15~S21)に焼かれたやきものを中心として


by richouken04